■ 2012/04/03 リスト《キリスト》終了!
皆様、感謝、また感謝のうちにリスト《キリスト》を終わる事が出来ました。いろんなことが有り過ぎて、そして時間が無さ過ぎて、心ならずも無音、また無音・・・ごめんなさい!
老いと戦いながら、公演に向けて大車輪の毎日でした。「長い」曲に「大勢」の演奏者ということが重なってすべてが大きくふくれて行ったのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
うわー、もう死ぬーーと叫びながら迎えた3/24と25のオケ合わせで、浅薄な悩みはすべて雲散霧消。なんたる音楽! リストの音は無意識のドブ泥から天の高み、だれにも見えない星、さらにその先に・・・、悪魔の咆哮は天使の慰めに、そして神は独り子を人間に。いや神を動かしたのは我々かも知れぬ、と一瞬不遜な思いが胸をよぎったほど彼の音楽は美しかった。
3/29の午前中、CDシュッツ《ルカ受難曲》が届く。大曲本番の日にCD先行販売を、という計画がいかに無謀であったかをここ半月ほど思い知らされていた。CDのブックレット制作、音の編集とリストのプログラム・ノート執筆と練習がバッチリ重なったのだ。とはいえ一足先にやって来た可愛いCD! 時間もないのに聴いてしまう。これは最初の録音を1年後に取り直したといういわくつきのもので、やはり苦労しただけのことはある。
3/29と30の練習はパイプ・オルガンとリード・オルガンを交互に鳴らす必要があったため、狭いのを承知で本郷教会のご厄介に。オケ50名、合唱50名、ソリスト4名、そしてそこにはハープ、ティムパニ、大太鼓、シンバル、鐘、そして金管、木管、弦、リード・オルガン。為せば成るを実感するも、私は30日の午後8時ごろ、急激な腹痛に襲われ、練習続行不能という事態に。上げる、下るの繰り返しでトイレから出ることが出来ない。様子を見に来た太郎に「代わりに練習して」と頼み、意識が遠のいた。
やっとの思いで帰宅し、すぐ寝よう、と思っていたが甘かった。一晩中同じことの繰り返しで朝が来た。本番の日ということが信じられない。午前中にホール入りするはずだったがやっとの思いで午後1時に入館。大風で電車が止まり、メンバーも揃っていなかったが、やっとの思いでゲネプロを終える。(とここまでに、「やっとの思いで」を3回も繰り返しているではないか。他に言いようがない。お許しを!)
オルガンの音が素晴らしく、このホールにして良かったと思った。ハルモニュームも良い位置だ。オケと合唱は見た目も音もとても奇麗だった。ステージ・マネージャーをお願いした門司さんが、なんと「プロ中のプロ」といった表情で、テキパキと動いてくれている。お腹の調子はまだ心配だったが、やっと私にも元気が出て来た。
17:35 開演。すべてを忘れて、浮き浮きと指揮台へ。アッ、眼鏡が無い! なんたること、私は再び舞台裏に。門司さんが落ち着いた声で「指揮者の楽屋に鍵はかけてないです。」と言ってくれた。眼鏡を手に再び舞台へ。聴衆大爆笑。お蔭でふっと気が楽に。音楽はどんどん進み、無事最後まで指揮をすることが出来た。カーテンコールが終わったのが20:55ごろだった。やっぱり長い曲でしたね。
ビールを飲みに行きたかったのだけど、終わったらやっぱりお腹がシクシク。残念だったが帰宅。翌日曜日は「復活祭の音楽」(4/8 午後6時・本郷教会)の練習に。そして月曜日、いつもお世話になっている熊谷医院へ。ことの次第を説明し終わらないうちに先生「あ、それはノロ・ウィルスです。もう2、3日で直りますよ。」頂いたお薬はヴィオフェルミン。ご心配下さった皆様、もうご安心下さい。先生のひと言でほとんど直ったも同然です。ではまた。
_ こにしくみこ [弓子先生 太郎先生 ありがとうございました。 「キリスト」の楽譜はいまやボロボロです。 何年も前にこの分厚い本..]
_ Y.TANNO [まあ、小西さん、コメント嬉しく拝見しました。ついに、ついにでしたね! 私自身、やっぱりこの曲は無理ね、だれもやらない..]