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ムシカWeb通信


■ 2018/04/02 祝・復活祭

 桜吹雪のなか、素晴らしい復活祭の一日でした。朝、教会へ向かう道筋で、自分の顔が笑っているのにびっくりしました。

 2月14日から3月29日までの受難節は<受難楽>のコンサートの圧迫感と共に辛いものを背負っている感じでした。そして、死ぬか、と思ったリストの《キリスト》のことも何度も胸を過っていました。(説明:公演前日にもの凄い腹痛と××に襲われ、当日も文字通り這うようにして会場へ)終演後も打ち上げどころではなく、家に帰ってバタン。演奏者は「良い曲だ。またやりたい」とのことでしたが、私は思い出しても寿命が縮まりそうな数年でした。そして今日、FBに、リスト・・・キリスト・・・の文字が。あ、どこかで演奏されたのかな、と思って開きますと、なんと、私たちの演奏会にいらして下さった玉上さんの暖かいご感想でした。みなさまにもお読み戴けたらと思い、シェアさせて戴きます。

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toranekodoranekoのブログ

 クリスチャンブロガーが綴るブログです。

明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。

 ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。

主催者のほか様々な協力者も登場します。

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■ 2018/04/01

 3/23の<受難楽の夕べ>、お蔭様で無事終了致しました。50年目の・・ということで並大抵のプレッシャーではありませんでしたが、手応えのあるコンサートを終えることが出来ました。ご来場の皆様、遠くから応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。

 この夕べ、私は久方ぶりに「カテドラルで指揮を」という仕儀に相なり、シュッツ《カンツィオーネス・サクレ》より3曲の受難モテットを演奏致しました。翌日の身体のきしみは50年前のデビューを思い出させるもので、そうか、再出発なのか、と再び緊張しております。今年は9月と11月の公演で指揮を致しますので、どうかこの老新人をまたビシバシと鍛えて下さい。よろしくお願い申し上げます。


■ 2018/03/10 ムシカ・ポエティカより皆様へ  早春のごあいさつを

 早や3月、冬期オリンピックの話題で華やいでいたとはいえ、天災、人災も絶え間なく、なにか先を急がされているような感じです。私の年齢のせいかもしれません。去る2月4日、満80歳となりました。

 そして受難節です。今年もイエス・キリストが私たち人間のために何をなされたのかを憶いシュッツ、バッハの音楽にその意味を聴きたいとの願いから〈受難楽の夕べ〉は次のようなプログラムとなりました。

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■ 2018/03/05 3/11はSDGへ  FBより

 3/4(日)礼拝で宮崎牧師は「ろば(王の乗る馬より低いもの)に乗ってエルサレムに入城されたイエスを群衆は歓呼で迎えた。この人々がこのイエスを十字架に架けろ、と叫んだ。同じ人々だということを忘れてはいけない、」と説かれた。

 午後SDGの練習。バッハ・カンタータ第182番《ようこそ、天の王》。譜面作りで礼拝に出られなかった淡野太郎が「この付点がポクポクポクとろばの足取り。「Himmelskönig, sei willkommen, ♪♪♪♬ ♬♪ ♬♬♬♬♬♬〜〜これほどの喜びでイエスのエルサレム入城を迎えた人々は・・・・」と朝の牧師と同じことを言った。「言葉による説教」と「音楽による説教」というバッハ時代の伝統が今不思議な形で日本でも受け継がれようとしている。

 オーボエの Momi君、ドイツから元気で帰国。1年ぶりの Obの音色は垢抜けて冴え冴えと響き嬉しかった。本番は3月11日(日)午後6時 <讃美と祈りの夕べSoli Deo Gloria>本郷教会(杉並区上荻4−24−5)にて。[無料]ご参会をお待ち申し上げております。


■ 2018/02/03 「音楽」を考える

 あっという間に2018年1月が終ってしまいました。1/14の《天地創造》もお蔭様で皆様に喜んで戴くことが出来ました。日頃のお支え、そして当日お聴き下さいました皆々様に厚く御礼申し上げます。

 さて、「西欧文化の源流」という朝日カルチャーの講座の一環として2/16には「ヨーロッパ音楽とキリスト教」という大それたタイトルでお話をすることになっているので昨日は立川教室へ。今日のお講義は中島公子先生。「イエスの復活とキリスト教の誕生」というテーマでした。イエスの死の意味:「天の国」における価値の逆転。イエスは「最低の死」を我が身に引き寄せ、ひとりの味方もいない失敗の人生を締めくくることによって、この世の価値基準を180度転換させた、と確信をもって言い切られた中島先生。私は非常に勇気付けられ、本来、澄んだ空気、善い水などと同じレヴェルで存在しているであろう純粋な音楽について話そうと思いました。これは現状で「音楽」とされている様々な姿の全部とは言いませんが、かなりの部分で常識化している価値観をひっくり返す考えで、自分の生徒や合唱団には日常的に語っていることですが、いろいろな方にお聴き戴く公開の講座での発言は若干の勇気を必要とします。が、実際のところ老い先短い私が躊躇っている時間は無いのです。今、語らねば! いらして下さい、と申し上げたいのですが、すでに満席とのこと、機会はまだ有ると思いますのでその節はまたよろしくお願い申し上げます。


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