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ムシカWeb通信


■ 2012/05/15 てんやわんやの一日

 茜のサーカス・ショウと桃子のコンサートが重なって、5/12 土曜日は朝から家中ひっくり返るような騒ぎでした。桃子は「一つの家に2人パフォーマーがいてはいけない。」と低い声。7つのバッグと衣装を持ってまずは茜を連れサーカス学校へ。本番45分前に集まって待機するのだとのこと。

 午後1時開演。茜は最年少組でバック転とか後ろ向きで平均台の上を歩くとかですが、もう少し上のクラスでは子供12人が玉に乗り、10分近く手を振ったり、フラフープを回したりしながらくるくると場所を移動し誰一人落ちなかったのには驚きました。

 Circus Juventas は3歳から21歳までの幼児、少年少女、若者数百人が学ぶサーカス学校です。ひとりずつの個性と向きを良く観察し、伸びそうな分野を選んで訓練するとあって、競争原理から解放された子供たちは実にのびのびと演技します。

 プログラムが進むにつれ技も難しくなってゆきます。最終番組は空中ブランコでした。飛んで来る相手を掴まえ、もとのブランコに戻す、という役目の少年は、ひざでブランコにぶら下がり両腕を伸ばし、前後にブランコを漕いで相手をしっかりと捉え、そのまま大きく往復し手を離します。相手の子はうまくゆけば元のブランコに戻れますが、一瞬の食い違いで落下することも。落ちた子は張られた網の上で美しくバウンドし、ポーズを決めます。この落ちて立ち上がる練習はすでに茜たちのクラスでしっかりと訓練されています。本番を観ていると、普段練習している課題を人前に披露するまでに3年〜10年ぐらいかかっているように思います。

 さてこのキャッチする少年、飛ぶ方は代わる代わるなのですが、たった一人で10数回キャッチを繰り返します。彼がブランコを降りた時には、さすがに肩にも背中にも疲労感がにじみ出ていました。

 桃子は途中で抜け、コンサートのリハに行ったのかと思いきや、学校で生徒のレッスンがあったとのこと、再び家族が集合したのは Luther Seminary の Chapel of the Incarnation でした。6時半からのコンサートには韓国出身のソプラノとテナー、日系アメリカ人のクラリネット奏者、アメリカ人のピアニスト2人に日本人の桃子という陣容で、それぞれが変化に富んだアンサンブルを組み、楽しい曲が幾つも披露され、最後はロッシーニの「猫の2重唱」、満場が湧いて目出たし、目出たしでした。


■ 2012/05/10 今週末

 この週末は東京もミネアポリスも大忙しです。日にちの近いところから。

5/10 木 7:00   5/11 金 7:00   5/12 土 1:00

http://www.circus4youth.org/event_list.php?event_id=173

茜のサーカス学校のSpring Showが行われます。

茜は胡桃割り人形の兵隊さんのコスチュームを着て張り切っています。

目の眩むようなドレスリハーサルを終え、トップ・クラスの驚きの技に興奮醒めやらぬ茜は「最後までやりたい!」

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■ 2012/05/05 ミネアポリスから

 ご無沙汰です! ミネアポリスに来ました。いつも同じことを言っていますが、最初の数日は睡魔と戦うのみで日が暮れます。孫の輝は2歳9ヶ月になりました。実に正確なピッチで歌うことが出来ますが、言葉の喋り方が独特で、「これ、なにィィィィィィ・・・・」と「イ」の部分が上昇グリッサンドします。どんな言葉でも語尾が長く上へ上へと引っ張られるので、新種の言語を聴く思いです。

 5歳半の茜とはすでに大人の女性と会話しているような錯覚が。

「おばあちゃまは子供のときなにになりたいと思ったの?」

「音楽家よ」

「ふうん、なれて良かったねえ。桃ちゃん(この家の子供たちは母親を「ももちゃん」と呼ぶのです)はバレリーナになりたかったんだけど、なれなかったの。シンガーでもいいか、って言ってた。」

「茜ちゃんはなにになりたいの?」

「ピアニストとお母さん。お母さんになって子供の欲しがるものを買ってあげたいの。」泣かせますねえ。

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■ 2012/04/08 祝・復活祭

淡野太郎:Facebookの記事より

Soli Deo Gloria<賛美と祈りの夕べ> Vol.275

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■ 2012/04/03 リスト《キリスト》終了!

 皆様、感謝、また感謝のうちにリスト《キリスト》を終わる事が出来ました。いろんなことが有り過ぎて、そして時間が無さ過ぎて、心ならずも無音、また無音・・・ごめんなさい!

 老いと戦いながら、公演に向けて大車輪の毎日でした。「長い」曲に「大勢」の演奏者ということが重なってすべてが大きくふくれて行ったのです。

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 うわー、もう死ぬーーと叫びながら迎えた3/24と25のオケ合わせで、浅薄な悩みはすべて雲散霧消。なんたる音楽! リストの音は無意識のドブ泥から天の高み、だれにも見えない星、さらにその先に・・・、悪魔の咆哮は天使の慰めに、そして神は独り子を人間に。いや神を動かしたのは我々かも知れぬ、と一瞬不遜な思いが胸をよぎったほど彼の音楽は美しかった。

 3/29の午前中、CDシュッツ《ルカ受難曲》が届く。大曲本番の日にCD先行販売を、という計画がいかに無謀であったかをここ半月ほど思い知らされていた。CDのブックレット制作、音の編集とリストのプログラム・ノート執筆と練習がバッチリ重なったのだ。とはいえ一足先にやって来た可愛いCD! 時間もないのに聴いてしまう。これは最初の録音を1年後に取り直したといういわくつきのもので、やはり苦労しただけのことはある。

 3/29と30の練習はパイプ・オルガンとリード・オルガンを交互に鳴らす必要があったため、狭いのを承知で本郷教会のご厄介に。オケ50名、合唱50名、ソリスト4名、そしてそこにはハープ、ティムパニ、大太鼓、シンバル、鐘、そして金管、木管、弦、リード・オルガン。為せば成るを実感するも、私は30日の午後8時ごろ、急激な腹痛に襲われ、練習続行不能という事態に。上げる、下るの繰り返しでトイレから出ることが出来ない。様子を見に来た太郎に「代わりに練習して」と頼み、意識が遠のいた。

 やっとの思いで帰宅し、すぐ寝よう、と思っていたが甘かった。一晩中同じことの繰り返しで朝が来た。本番の日ということが信じられない。午前中にホール入りするはずだったがやっとの思いで午後1時に入館。大風で電車が止まり、メンバーも揃っていなかったが、やっとの思いでゲネプロを終える。(とここまでに、「やっとの思いで」を3回も繰り返しているではないか。他に言いようがない。お許しを!)

 オルガンの音が素晴らしく、このホールにして良かったと思った。ハルモニュームも良い位置だ。オケと合唱は見た目も音もとても奇麗だった。ステージ・マネージャーをお願いした門司さんが、なんと「プロ中のプロ」といった表情で、テキパキと動いてくれている。お腹の調子はまだ心配だったが、やっと私にも元気が出て来た。

 17:35 開演。すべてを忘れて、浮き浮きと指揮台へ。アッ、眼鏡が無い! なんたること、私は再び舞台裏に。門司さんが落ち着いた声で「指揮者の楽屋に鍵はかけてないです。」と言ってくれた。眼鏡を手に再び舞台へ。聴衆大爆笑。お蔭でふっと気が楽に。音楽はどんどん進み、無事最後まで指揮をすることが出来た。カーテンコールが終わったのが20:55ごろだった。やっぱり長い曲でしたね。

 ビールを飲みに行きたかったのだけど、終わったらやっぱりお腹がシクシク。残念だったが帰宅。翌日曜日は「復活祭の音楽」(4/8 午後6時・本郷教会)の練習に。そして月曜日、いつもお世話になっている熊谷医院へ。ことの次第を説明し終わらないうちに先生「あ、それはノロ・ウィルスです。もう2、3日で直りますよ。」頂いたお薬はヴィオフェルミン。ご心配下さった皆様、もうご安心下さい。先生のひと言でほとんど直ったも同然です。ではまた。

コメント(2) [コメントを投稿する]

_ こにしくみこ [弓子先生 太郎先生 ありがとうございました。 「キリスト」の楽譜はいまやボロボロです。 何年も前に..]

_ Y.TANNO [まあ、小西さん、コメント嬉しく拝見しました。ついに、ついにでしたね! 私自身、やっぱりこの曲は無理ね、だれもやらない..]


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