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ムシカWeb通信


■ 2016/11/27 くぐもった幽かな声でも・・  FBより

 祝・待降節第一日曜日

先日来のバッハ・カンタータ36の練習でずっと考えていたことですが、神の贈り物に対して人間の側から感謝の気持ちを捧げるという場面で、バッハは「schallet=響く」という言葉にスタッカートを付けています。発声技法から考えると、5線譜上の音高の1〜2オクターヴ上の倍音の響き(いや人間の耳には聴こえないにせよさらに上のオクターヴの振動も)を実音に乗せ、音の色を軽く明るくするのですが、この部分の歌詞は「Denn schallet nur der Geist dabei/So ist ihm solches ein Geschrei/Das er im Himmel selber hört. なぜならそこではただ聖霊が鳴り響き/それを轟く叫びにとし/天では神ご自身がお聴きになるのです。」とあり、前半の「Auch mit gedämpften, schwachen Stimmen/Wird Gottes Majestät verehrt. くぐもった幽かな声でも/神の威光を崇めることが出来るのでは・・」を説明して余りある内容となっています。バッハの音楽はこの歌詞の言わんとしていることに加え、われわれ人間がどのように歌ったらそれが神に届くかを示唆しました。

 ギーベル先生が何度も歌われたこのアリアを今日は私が歌うこととなりました。長いこと聴き、ここ数週間毎日練習した歌ですが、今朝「アッ、アドヴェントだ!」と思った途端、このアリアの言わんとしていることにハッと目覚めた次第です。

本日のSDG:日本キリスト教団本郷教会礼拝(10:30開始)後12:10ごろから始まります。http://www.musicapoetica.jp/schedule.php


■ 2016/11/24 鍋島元子さん

 このところ2度続けてレクイエムのコンサートがあった。なぜか不意に伝説のチェンバリスト、鍋島元子さんを憶った。今の世のありさまを見て彼女は一体なんと言うだろう。私たちは1時間でも2時間でも電話で憤慨しあったものだ。「淡野さん、それをもっと大きなお声で公けの場で仰言って!」「今は駄目、人と議論するひまはないの」と私は答えた。そのころシュッツ合唱団は「シュッツ全作品連続演奏」の真っ最中だった。私はただただ時間が惜しかった。元子さんの怒りが肌を刺した。

 彼女は私と違って「これは間違っている」と思ったことは放って置かなかった。どんなに忙しくても何時間でも生徒に説教し、さらにその理由を私に説明するのだった。もっともなことばかりであった。

病を得て入院。病室にはチェンバロも持ち込まれていた。そこで彼女は洗礼を受けた。美しき悲しみは天翔ける喜びに。1999年11月22日召天。63歳


■ 2016/11/10 Requiem  FBより

 朝起きたときからずっと26日前に逝った楽友のピアニスト安芸彊子さんを憶い、いよいよ今夜は<レクイエムの集い>だ、と目がシバシバしているところへ、

 「弓子先生

先生のお歌を聴いていると、いつか自分が、とてもとても薄い雲母の切片になり、微かにともに震えているような心地になるのです。

メサイアの朝に。」というメールが!

Cucoさんです。なんと素敵な言葉でしょう。彼女はやっぱり詩人です。安芸さんと私は60年もの間ずっとこんな雰囲気で音楽を楽しんできたのです。

Cucoさん、ありがとう! ああ、私も雲母の切片になって宙を翔け廻りたい!


■ 2016/11/07 ヘレン・ケラー記念音楽コンクール  FBより

 第66回 ヘレン・ケラー記念音楽コンクール 11/5(土)トッパンホール 

 毎年11月に開催される盲学生のための音楽コンクールです。優勝者としてヴァイオリンの和波孝禧氏、鍵盤の武久源造氏など、驚くべき才能を輩出したコンクールですが、近年またまた素晴らしい少年少女が毎年出場しています。ピアノのS君は小学生時代から聴いていますが、なんとも魅力に溢れたパフォーマーです。ピアノの椅子に腰掛け足をブラブラさせながら顔を客席に向けたまま、笑い乍ら話をするようにピアノを弾くのです。確かに彼は全盲ですから譜面を見る必要も鍵盤を確かめる必要も無いのでこんな余裕があるのですね。我々に真似の出来る事ではありません。今はもう中2、今年もドビュッシイの《子供の領分》からゴリウォーグのケークウォークを弾き第一位。

 声楽部門ではほんのちょっと姿勢を変えればもっと声が出るな、と思った少年がいまして、どうしてもひと言声を掛けたいと思い、終ってからロビーを探しました。いました!「あのね、N君、歌う時の立ち方を教えるから私の腰に手を当てて見て。」腰の角度を変えると胸がパッと開き首が真っ直ぐになりました。「歌ってみて」というと彼はアアアーーーと。彼も驚くほどの良い声が出ました。お母さんは「もう1度歌わせてもらえないかしら」と。「忘れないでね」といって別れました。

 このコンクールの素晴らしいところは、耳が目の役目もしているので、お互いに気を付け合っているのでしょうか、会場で余計な音が聴こえずピリッとした空気に包まれていることです。授賞式もそれは静かです。合唱コンクールに出場する晴眼者たちは1度このコンクールを聴くと良いと思います。


■ 2016/11/06 10月からの一ヶ月  FBより

 書きたい事、山のようにありますが次から次への毎日。しかしあったことだけでも記録しておかねば。

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