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ムシカWeb通信


■ 2012/06/10 武久源造『ドイツ通信』その3(前半) (6/3)

昨日はヴッパータールのルター派の教会で、オルガン・コンサートをしました。

お客は数十人なので、まあ、本郷教会のソリ・デオ・グローリアに毛が生えたようなものです。

私はノウ・ギャラで弾いたので、その点でもソリ・デオ・グローリアに似ています。

ここ、ドイツでも、特に小さな町では、ほとんどの音楽家は食べていけなくなっていて、ヴッパータールのような田舎では、特に音楽家は、別の職業を持たなくてはいけないようです。

私は、1982年に初めてドイツを訪れましたが、そのときには、日本とドイツの違いにいちいち驚いたものです。

ところが今は、ドイツと日本の共通点に、これまたいちいち驚いています。

ドイツでも日本でも、我々の状況は悪くなっている。

しかし、その分、霊性は上がっている、という感じです。

オルガン・コンサートでは、バッハで始め、ブクステフーデ、スウェーリンク、そして私の作品、その後また、バッハ、モーツアルト、ギルマンというプログラムを弾きました。演奏していても、やはり、気持ちがいい。

コンサートの後、例によって、感想や意見を述べてくれる人がいっぱい。

その中に、「今日のコンサートは、まるで、谷に下りて、また、上るような感じでした。バッハで始めて、あなたの作品が一番深いところにあり、そしてまた上って、最後は高いところへ飛翔しましたね。」と言ってくれた人がいました。

彼女は特に音楽に詳しい人ではなかった。

でも聴きながら、「この演奏家は何を伝えようとしているのだろう」と頭と心を使って突き止めようとする、そういうドイツの伝統が生き残っているのを感じた。

それを聴いて、私は危うく、涙をこぼしそうになりました。まさに、それこそ、私が考えたプログラムの意図だったからです。

こういう反応には、日本ではめったに、お目にかかれません。しかし、我々がやっている音楽は、このようなコミュニケイションの上でこそ、初めて意味を持つ音楽に違いありません。(続く)


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