昨年はハインリヒ・シュッツ合唱団・東京の創立40周年とフーゴー・ディストラーの生誕100年が重なり、私たちは欲張ってこの二つをテーマに掲げて公演を計画してしまい、いやはやとんだ一年となってしまいました。何ごとも計画の段階は「幸せ」で一杯ですが、実行に移す段階から地獄が始まります。人の情念、無念の渦巻く地獄の内側には、不思議な事に天国への道も備えられているのか、「本番」という炎に心身丸ごと焼かれて見れば、涼やかな風に吹かれ、まだ生きているわたし・・・。こんなお恵みを戴きながらこの記念年もあっという間に過ぎ去って行きました。これからしばらくの間昨年一年間の出来事を振り返ってみたいと思います。また五回にわたる記念コンサートの様子を記録写真家 風間久和氏が入念に撮影してくださいましたので、併せてその一部をご覧戴きたく存じます。
12/23(火・祝)午後5時 2008 本郷教会クリスマス・コンサート
Distler & Schuetz のタイトルのもと、アンサンブル・ピリオド★ユビキタス・バッハ、独唱/合唱★ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京 &メンデルスゾーン・コーア 指揮:淡野太郎(ディストラー) 淡野弓子(シュッツ)によって
I. フーゴー・ディストラー (1908-1942)<歌え、主に向かって新しき歌を>
II. ハインリヒ・シュッツ (1585-1672) <天使が羊飼いに言った>SWV395 <見よ、主の天使がヨセフの夢に>SWV406
III. フーゴー・ディストラー<クリスマスの物語>
IV. ハインリヒ・シュッツ <マニフィカト>SWV468 が演奏されました。
10/18のブログ「ピリオド楽器引き渡しの儀」でお話した通り、この日はヴァイオリン制作家の谷口勤さんが作られたヴァイオリン3挺のお披露目の日でもあったのです。この日はすべての楽器がいわゆるピリオド楽器でしたから、それだけでも我々にとってはエポック・メーキングな出来事でしたが、その中のヴァイオリン4挺とヴィオラ1挺が、大量生産の工場からではなく、同じ制作者の小さな個人工房から生まれた、正に手仕事の楽器だったのです。これも以前にお伝えした通り大軒由敬さん、永島陽子さん、羽鳥典子さんの全面的なご支援のもとに、大野幸さん、二宮昌世さん、林由紀子さんによって初めてその音色をお聴き戴いたのでした。谷口氏のバロック・ヴァイオリンの処女作は小穴晶子さんの楽器で、数年前から小穴さんが愛奏されています。ヴィオラは、勿論制作者ご自身の作品で、いつもシュッツ、バッハの演奏に用いておられます。
大軒さんはすでにバロック・チェロを随分長いこと弾いておられます。兼利さんが奏かれる8フィート・ヴィオローネはチェロと同じピッチなのですが、チェロとは音色が異なり、よりしっかりとした感じで、チェロと重ねることによって独特の安定感をもたらします。オクターヴ低いコントラバスとは全くと言ってよいほど趣きの違うもので、シュッツ音楽はこの8フィート・ヴィオローネが殊に合っているように思います。
管楽器は狭管トロンボーン(サックバット)と木管の高音楽器ツィンクでした。この2種は相性が良く、ヴェネツィア、そしてシュッツ時代のドイツでもサックバットとツィンクのアンサンブルは非常に好まれていたということです。 ピリオド楽器はまた声と良く融け、各和音がつぶれないので、トゥッティの際の倍音の立ち上り方が見事です。殊にシュッツの和音は同時代の作曲家と比べても格別の配置がなされており、充実感と透明感の両方が味わえるのですが、これがピリオド楽器ではさらに良い効果をもたらします。
というわけで、当日は練習の段階から得も言われぬ幸福感と喜びの気持ちがあたりを覆っていました。
一方フーゴー・ディストラーに関してもいろいろなことがありました。まず、メンデルスゾーン・コーアのソプラノ 中野利子さんが昨年の3月に生で聴かれたディストラーの音楽に感銘を受けられ、彼について書かれた一文が婦人之友12月号に掲載され多方面の関心を呼びました。
またディストラーの娘、バルバラ・ディストラー・ハルトが『HUGO DISTLER Lebensweg eines Fruehvollendeten フーゴー・ディストラー ある早世の人の生涯』(SCHOTT)という本を書き、今年の6月に出版された、ということを中野さんが教えて下さいました。私は11月の末ごろから読み始めたのですが、これが今までのディストラーについて書かれた書物・・・といっても数は少ないのですが・・・とは視点も書かれている内容も全く異なるもので、娘バルバラの捨て身の探求という感じです。非常に面白く、またスリリングな話の展開でしたので、ほとんど週刊誌(内容は週刊誌ではないのですが)を読むスピードで読了、とにかくびっくりすることの連続、圧倒されました。またこの本の中身は実際の書簡が多く、よくもここまでディストラーの出した手紙を受け取った人たちがいつまでも丁寧に保存していたものだ、と驚きました。勿論ディストラー自身の受け取った手紙も大量に紹介されています。
ディストラーの演奏は易しくはないので、本番直前まで心配でしたが、うまく行ったと思います。私たちは皆彼の作品に魅了され、これからも彼の生涯や作品を研究を続けてゆこう、と話し合っています。またディストラーひとりを取り上げるよりは、シュッツ→ディストラー、あるいはディストラー→シュッツとの連関において、常に双方の研究を同時に進めたいと考えています。
写真は12月23日 13時36分より 18時30分までの各シーンです。風間久和氏撮影の全596画像から29枚です。
婦人之友12月号で、ディストラーのことを知りました。<br>音楽について素人なのですが、中野さんの書かれたものを読んで<br>ぜひ聴いてみたいと思いました。<br>2008年3月12日の東京カテドラル聖マリア大聖堂での演奏会のCDがあれば分けていただきたいのですが、可能でしょうか? <br>また、ディストラーのCDなどご紹介いただければと思います。<br>どうぞよろしくお願い致します。
川口さま<br>お便り有り難うございます。ディストラーに興味を持っていただき嬉しく存じますe。3/12のCDをお分けすることは可能です。制作会社のコジマ録音と相談の上、お届けする方法を考えましてご連絡申し上げます。e-mail:yumiko@musicapoetica.jpにお名前とご住所、お電話番号をお知らせ下さいませ。淡野弓子