桃子「お母さん、なんでわたしたちには TV をあれほど禁じたのに茜には平気で見せるの?」
「ええっ、わたしが TV を禁じた?」
「忘れたの?」
桃子「茜、なんです! たべものを床に落とすなんて! 集中しなさい!」
「まあ、集中しなさい! なんて」
「お母さん、わたしたちに毎日言ってたでしょう? 集中しなさい! って。」
「ああ、そういえ ば言ったわね。なによりも大切なことだ、と思っていたからね」
おばあちゃん子は三文安い、と言われる訳がやっと判明。お祖母さんは自分の子供に言ったことをほとんどすべて忘れているのです。さらに具合のわるいことに、ちょっとボーッとした子の方が可愛いとすら思っているのです。
リオ・デ・ジャネイロを引き上げて東京に住むようになってからは、私も随分と実家の母の世話になりました。桃子も太郎もまだ片言で、しかもポルトゲースしか喋れなかったので母は、「まずこの子たちに日本語と日本のお行儀を教えて頂戴。靴のまま上がってきて『アガ、アガ』としか言わないわよ。一体どうすれば良いの」と。「アガ、アガ」は「(アグア)=お水、お水」と言っていたのです。なんだかお祖母さんも孫たちも哀れな状態でしたが、私は「ごめんなさい! じゃあお願いね」と言って練習に。私の母は、こんな娘に委せてはおけない、と思ったのか二人を非常に厳しく育ててくれました。本物の親よりずっと本格的だったと感謝しています。
茜は「No」「More」「Yeah」の三単語で自分の意思を、ほとんどすべてかなり徹底的に押し通してしまいます。桃子や私に日本語でお説教されると、どういうわけか「ハイッ」と日本語で答えるのです。教えてないのに、と桃子は不思議がっています。そのほか日に一度か二度嬉しいときに「Happy!」と言います。
今日の午後、茜を連れて桃子の歌っている劇場へ。茜は舞台と客席の両方を興味深々で見物、一緒に仕事をしている歌手も俳優も皆さん茜を可愛がって下さるので、劇場は大好きな場所なのです。リハーサルが終わって一度家に帰った桃子が、いよいよ本番に向かって家を出る時には、いつもはひと声叫んで泣く茜がニコニコと、「バイ、バイ」と手を振って母親を見送ったのでびっくりしました。何をしに行くかが分かったような顔でした。