トップ «聖母マリアの夕べの祈り 最新 充実の一年、おめでとう!»

ムシカWeb通信


■ 2007/08/27 瀬尾文子 ベルリン便り(最終便)

淡野先生

  これが最後のベルリン便りになると思います。昨日、エピファニエン・カントライのメンバーが、私のためにお別れパーティーを開いてくれました。

  本当は8月28日が夏休み明け最初の練習日の予定で、そこで皆とお別れできるはずだったのに、休みに入る直前の練習のとき、その日はまだ人が集まらないだろうということで、一週間延びたのです。それで、私にとっては急遽その日が最後の日になってしまったので、マッテーイさんの発案で、改めて、メンバーの一人、クラウディアさんのご自宅のお庭で、お別れパーティーをしてもらうことになったというわけです。

  皆さん、都合のつくかぎり集まって下さいました。中には、すでに予定があったのをわざわざキャンセルして来てくださった方もいて、感激でした。私もはりきって、前の日の晩から料理を作りました。カボチャのサラダに太巻き(3種類)、ひじきと鶏ひき肉とカリフラワーの煮物にキャベツときゅうりの浅漬け、アボガドと笹身の和え物、昆布の佃煮入りパプリカの炒め物、それからメインの天ぷら、全部で15人前です。初めて作ったものもいくつかあるんですが(実は太巻きを巻いたのも初めて)、奇跡的に成功し、みんな喜んできれいに食べてくれました。デザートはメンバーの一人が美味しいティラミスを作ってきてくれました。

  乾杯のときに、マッテーイさんが、例の世阿弥の手紙のお礼にといって、私へのお手紙を朗読して下さいました。以下、最初の二文です。

  「Dein Hiersein war fuer uns alle eine ganz grosse Bereicherung. Was fuer ein Glueck, dass der Heinrich-Schuetz-Chor Tokyo im September 2002 in Epiphanien konzertierte und so unser Kontakt entstand.

  (君がいたことは、私たち皆にとって本当に大きな充実した経験だった。東京ハインリヒ・シュッツ合唱団が2002年9月にエピファニエン教会でコンサートをし、それがきっかけで我々の間にコンタクトができたことは、何という幸運だったか。)」

  それから、マッテーイさんの尊敬する作曲家メシアンの日本に対する思いーとりわけ、人々の気品ある態度、仕事への情熱、文化においては伝統とモダンが共存することの素晴らしさーを語った言葉を送って下さいました。一日本人として、ちょっと身が引きしまる思いがします。……マッテーイさんは最後にもう一度私にメシアンを聴かせようと、改めて何かを練習して下さったそうで、明日月曜日に教会で会う約束をしました。

  カントライの皆からはすてきな贈り物をたくさんいただきました。エピファニエン・ゲマインデのことも載っているベルリンの音楽ガイドや、ベルリンの町の美しい写真集、そしてエピファニエン教会のオルガンの解説書やポストカードなどです。それから個人的にもいろいろ。昨日来れなかった方からはわざわざ郵便で贈り物が届いたりもしました。

  パーティーの話に戻りますが、皆でおなかもくちくなってきたころ、もうかなり暗くなっていたんですが、ロウソクを灯して、それはそれはたくさんの歌を歌いました。とても美しい時間でした。そのときちょっと泣きそうになりましたが、なんとかこらえました。

  カントライの人々との親交は、私がこの一年間の留学で得た最大の収穫です。中には休日におうちに何度も遊びに行ったり、5日間も泊まりに行ったり(いつか書いたアマチュア・オーボエ奏者の方のボンのご自宅です)、誕生日パーティーにお呼ばれしたり、天気のよい週末に一緒にピクニックをしたり、幾人かとは個人的にかなり深いお付き合いをしました。ここまで気を許せる友人は、もし大学生活ばかり送っていたら、きっとできなかったと思います。

  きっとまた近いうちにベルリンに来て、皆に会えるという希望の下にお別れをしました。パーティーの場を提供してくださったクラウディアさんは、お友達二人と一緒に10月に日本を旅行するので(そのため私は三ヶ月間、この三人に日本語を教えてあげました)、本当に近々、再会できます。

  たくさんの思い出を持って、30日に機上の人となります。

  日本の皆さんと再会できるのを楽しみに。   瀬尾 文子

コメント(1) [コメントを投稿する]
_ 坂戸の瀬尾 2007年09月22日 12:00

ドイツから帰って来たの?<br>お父さんは喜んだでしょう。


編集