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ムシカWeb通信


■ 2011/08/20 ニケ・ワグナー、そしてサマーコンサート

 8/7(日)TVでワイマールが写り、キリリとした老夫人が、ヨーロッパのある階級にしか遺っていないような声で中村雅俊の質問に答えていた。一種の嗄れ声ではあるが、明晰な発音と迷いのない構文で、その内容はきのうや今日思いついたものではない、いや、彼女の信念だけではない、何代にも亘る先祖が言わせているような趣きで、思わず引き込まれ、目が離せなくなった。

 彼女は作曲家リストについて語っていた。「彼は彼の生きた時代よりずっと先を見ていました。未来への扉を開けた人です。彼は本当は司祭になりたかったのです。彼は自分の宗教的な考えを音楽で現したのです。」細身の顔、遠くを見るような眼差し、パラリと左右に分かれたブロンドの髪、真っ直ぐな長い首、彼女はリストの玄孫であった。

 リストの玄孫ということはワグナーの曾孫であるが、彼女はどこからみてもリストの女性版といった面差しで、人からもそう言われると言っていた。

 

 彼女のリスト観に共感し、Net で調べてみると、ドイツの週刊誌「シュピーゲル」に同誌編集者 Joachim Kronsbein が Nike Wagner にインタビューした記事が見つかった。このクロンスバインという人は、なかなか鋭い。最初の質問はこうだ。

 Spiegel:Kronsbein「ワグナーさん、あなたは2人の重要な作曲家の末裔ですが、ひいお祖父さんのワグナーとひいひいお祖父さんのリストのどちらにより親近感を抱いていますか?」

 Nike Wagner「確実にリストです。私自身も、大分年をとってから彼が分かってきたのですが・・・ ピエール・ブーレーズもリストを称賛していますし。私はリストの上品でエキセントリック、ヨーロピアンなところが好きです。」

 Spiegel:Kronsbein「多くの人がリストの作品を二流とみなしているようですが・・」

 Wagner「リストの作品は必ずしもすべて同質ではないかも知れません。しかしリストは今、コンサートホールで安っぽく見られていますし、演奏も良くないですね。 —中略— 彼の革新的な後期の作品は耄碌老人の産物とくさされています。二つの世界大戦で人々の趣味が変り、結局のところリストの音楽は勢いがあり過ぎ、音が大き過ぎ、敬神的であり過ぎるということになったのです。ヘヴィー級のワグナーが謀り、リストに覆いを掛け陽光を奪ったという可能性もあります。」

 対談はこんな調子でまだまだ続くが、今日はこの辺で。

 7/31、リストの命日に《キリスト》を演奏します、といっていた頃、ある方に、この日はバイロイトから帰国するかしないかというギリギリの日付で、もし聴けなかったら残念だなあ、と言われた。リストはバイロイトで客死し、墓もあるというのに、バイロイトのワグナー祭ではリストに冷ややかなようだ。リストとワグナーの対立は我々の考える以上に厳しいものがある。

 ルネサンス、バロック期の作品を、楽器やピッチ、発声などもなるべく当時のままに、という考えは間違ってはいない。しかし反対に、時代の趣味で肥大化し、本質が伝わりにくくなっている作品を、脂肪部分を取り除いて、確かな骨格をを見つけ、透明感のある響きにすることも、現代の演奏家の為すべきことではないだろうか。

 さて明日8/21(日)午後5時から本郷教会のサマーコンサートが開かれます。ちょっと涼しくなりそうです。どうぞお出かけ下さい。

 本郷教会 SUMMER CONCERT 2011

 《夏の祈り》

 H.シュッツ (1585-1672) リタニア(連祷) SWV 458

 ディアローグ<2人の人が神殿に上っていった> SWV 444

 コンチェルト(シンフォニエ・サクレ第3集より )

 第12番<憐れみ深くあれ、あなたがたの父のように> SWV 409

 第17番<先生、我々はあなたが真実な方であることを知っています> SWV 414

 

  J.S.バッハ (1685-1750) カンタータBWV119

 第119番<讃えよ、エルサレムよ、主を>

 [ライプツィヒ市参事交代式(1723年)のためのカンタータ]

  8/21[SUN]17:00(開場16:30)

 日本キリスト教団 本郷教会礼拝堂[無料]

 東京・杉並区上荻4-24-5 03-3399-2730

 指揮:淡野太郎

 独唱・重唱:ソプラノ 今村ゆかり/神山直子/柴田圭子/西川真理子  アルト 淡野弓子/依田卓  テノール 淡野太郎/星野正人/

 山田明生  バス 小家一彦/細川裕介  

 器楽:ユビキタス・バッハ

 トランペット 中村孝志/上倉武/河原哲平/中村肇  ティンパニ 鈴木力

 リコーダー 淡野太郎/小俣達男  オーボエ 宮本忠昌/大木務/福本愛子

 ヴァイオリン 小穴晶子/若尾紀子/星野えり子/山口眞理子/大野幸  ヴィオラ 谷口勤

 チェロ 三浦絢子  ファゴット 森本敏嗣  コントラバス 松永秀幸

 オルガン 石原輝子  

合唱: ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京 & メンデルスゾーン・コーア 有志

S 今村ゆかり/神山直子/柴田圭子/巽瑞子/西川真理子/山田みどり/山田由紀子/大和美信

A 秋山百合子/石塚瑠美子/大島さち子/影山照子/小西久美子/佐藤道子/高梨愛子/武井紀子/

  淡野弓子/田畑玲子/戸井恵子/中村光子/松井美奈子

T 星野正人/山田明生/依田卓  B 石塚正/小家一彦/五月女温/中村誠一/細川裕介/山下豊

主催:日本キリスト教団 本郷教会   企画制作:ムシカ・ポエティカ

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 ニケ・ワグナーの舌鋒に刺激され、私も今回の選曲についてひとこと・・

 H.シュッツのリタニア(連祷)は果てしなく続く祈りです。祈りの言葉は古く、シュッツの用いたドイツ語はルター訳のものです。「ペストから救って下さい」の「ペスト」を「 放射能」に変えたいと思いましたが、その他の祈りはそのまま今の私たちの状況と同じです。10分ぐらいかかる長い祈り、これを歌い通すのは歌の訓練を遥かに超える修行そのものです。

 ディアローグ<2人の人が神殿に上っていった> 、<憐れみ深くあれ、あなたがたの父のように> 、<先生、我々はあなたが真実な方であることを知っています> の3曲はすべてパリサイ派の人に対するイエスの答えで、この内容も震災以来毎日TV、新聞を賑わしている事件と本質は変りません。シュッツの人物描写の卓抜さに思わず後ずさり・・・、古い話、古風な音楽と言わないで下さい。現今の時事解説よりはずっと明解です。

  J.S.バッハ   カンタータ第119番<讃えよ、エルサレムよ、主を>

[ライプツィヒ市参事交代式(1723年)のためのカンタータ]

 ここにも興味深い言葉が踊っています。

 「上に立つ権威は神の賜物、神の似姿」 教師と医師は聖職、と日本でもその昔言われたものですが・・・

 バッハは許されるありったけの楽器を使って、参事の交代を祝っています。ご来聴、心よりお待ち申し上げます。


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