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ムシカWeb通信


■ 2017/05/28 SDG FBより

 5/21(日)の SDG ではバッハのカンタータ86番に先立ってシュッツのモテットとコンチェルトが演奏されました。シュッツの一曲目《Die mit Tränen säen, werden mit Freuden ernten 涙とともに種まく者は喜びとともに刈り取らん》は今月末にドイツへ旅立つソプラノの神山直子さんを勇気付けるために、二曲目の《So fahr ich hin zu Jesu Christ 我、イエス・キリストの御許へ》は4/24に此の地をあとにされたアグネス・ギーベル先生への憶いを込めて。

 淡野太郎が曲目解説に加えて以下のようなメッセージを当日のプログラムに寄せていますので、その部分をそのまま転載致します。

 さて、ご存じの方もいらっしゃるかと存じますが、去る4月24日、ケルンにてアグネス・ギーベル女史が逝去されました。95歳でした。女史は1950年からバッハ歌手として不動の地位を確立して以来、第一線で長期間活躍された伝説的ソプラノです。私たちムシカ・ポエティカのスタッフ並びにシュッツ合唱団のメンバーは、1990年以降毎年来日し共演してくださったギーベル先生から発声の秘密を学べるだけ学び、それは比類のない財産となりました。はや四半世紀以上が経った今もなお、メンデルスゾーン・コーア、そして器楽グループであるユビキタス・バッハにとってさえも、その教えのエッセンスは根付いていると確信しております。その教えのすべてをここで語るのは到底不可能ですが、ギーベル先生が語られたことの一番重要な部分をご紹介致します。

 アグネスの語ったこと:「私はナチュラル・シンガーであった。苦労無く、いつでも声が出た。歌いたい、と思った歌詞であれば、極く自然に表情が生まれ、歌えばどこでも聴き手は喜び、常にDiva(スター)だった。私の夫は指揮者だったが、結婚後は『アグネス・ギーベルを育て完璧な歌い手にしたい』との思いから自分のキャリアを指揮からマネジメントに変え、ひたすら私の訓練に励んだ。私は彼の人形のようであったが、夫がいなければ歌えなかった。

1980年1月1日の朝、夫は「苦しい」と言い、すぐに病院に運ばれたが間もなくこの世を去った。心臓発作であった。私はその日以来、全く声が出なくなった。生きていて何になるのだろう。闇の中でただ涙する日々であった。が、ある朝、私は音叉笛で低いCを出し、その低さでバッハの《マタイ受難曲》から「Blute nur, du liebes Herz(血を流せ、わが心)」を歌った。そこで閃いたのは ‘お前はこの2オクターヴ上でも歌えるはず’ との考えだった。2オクターヴ上げてみた。なんと! 声は答えた。友人のハンス・ペーター・クレマンは物理を修め、レコード作成を仕事としていたエンジニアであるが、彼にこの話をすると「おお、アグネス! あなたはついに自分自身で原則を発見したね。部屋の中に長い紐を渡し爪弾くとあるピッチで振動する。紐の長さを半分にすると、振動数は2倍となる。これがオクターヴ上。それをまた2分すれば振動数は4倍となって2オクターヴ上昇する。どの音も最初のゆっくりした振動が元。よし、これが出来るようになるまで僕はあなたと一緒に練習しよう。」そう言ってクレマンは仕事を終えると毎日私の家に来て、低い音から2オクターヴ上昇の練習をしてくれた。私がちょっとでもおかしな声を出すと『ストップ! 軌道を外すな!』と。ハンマーや体力増強のための自転車なども使ってのトレイニングだった。半年後、高くて軽い声が出るようになり、まるで少年のように歌えた。」  [淡野弓子: ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京 40年の軌跡(9)] より

 話は飛びますが、このSoli Deo Gloriaは1998年に始まり、当時はシュッツの詩編曲を軸に、週に1度という超ハイペースで開催を重ねておりました。そしてその年の10月31日、第17回のSDGにギーベル先生がご出演くださり、シュッツやバッハの独唱・重唱曲の数々を歌われました。そしてその曲目のひとつが、本日神山直子の独唱で歌われるシュッツの《おお甘く、おお親愛なる》SWV285でした。申し遅れましたが、その神山直子は2011年以来シュッツ合唱団のメンバーとして独唱・重唱・合唱で研鑽を積んでおりましたが、今回のSDGを最後にドイツへ旅立ち、新たなる学びの時に踏み出そうとしております。嘘偽りなく申し上げますが、この曲を歌うのは神山本人の希望によるもので、それはギーベル先生ご逝去の前に決定しており、作為的にこういうプログラムにしたという事実はございません。あるソプラノ歌手がこの世での使命を全うした直後、その孫弟子が新たなる世界へと向かおうとしている節目に同じ曲を歌うことになるとは、巡り合わせの不思議さを感じずにはいられません。

 先ほども申し上げた通り、ギーベル先生の教えは合唱メンバーの中にも生きております。ギーベル先生の魂の平安を願い、本日はシュッツのモテット 《我、イエス・キリストの御許へ》 SWV379も演奏させていただきます。限りない感謝とともに。

              2017年 5月 21日  たんの・たろう


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