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ムシカWeb通信


■ 2010/05/11 コンサートあれこれ、そして《女の愛と生涯》

 5/3 軽井沢ヴィラ・セシリア音楽堂のコンサートで歌ったラングレの<ミサ>がその音楽堂で鳴った初めての現代曲だったということでした。この曲が建物に良く合ってお客様にも喜んでいただけたとのこと、とても嬉しく思いました。ミサの通常文、キリエ/グローリア/クレド/サンクトゥス/ベネディクトゥス/アーニュス・デイをすべて独りで歌う曲ですが、ひと言ひとことに異なった和音がつけられていて、その変化・・・変った時の意外性が楽しめ、一つ一つの和音から立ち上る倍音が美しい曲です。この音楽堂では倍音が非常に明瞭に聴こえるアクスティクなので、作曲家が意図した響きがそのまま聞こえたのだと思います。幸いなことでした。

 その翌日から5/8のリサイタルの伴奏合わせに入り、その上ちょっと風邪気味でしたので、なにも他のことは出来ませんでした。このリサイタルも終わり、やっと少し元気を取り戻したところです。

 5/8(日)は自由学園のある一角、その名も学園町というところにある丸山さんのお宅のスタジオ「フェルマータ」でのコンサートでした。丸山さんはオルガンを作っておられます。正面に第1号の可愛らしいポジティーフ・オルガン、上手にスピネット、下手にピアノのあるお部屋で、40人ぐらいのお客様がお見えになりました。ピアノとオルガンを使って、前半をバロック、後半を歌曲というプログラムにし、どんな鍵盤でもそこから最良の音をひきだすことの出来る武久源造さん、それにヴァイオリンの山口真理子さんと一緒に伺いました。

 バッハのカンタータ・アリアとヘンデルのドイツ語アリアははじめからオブリガートのついている曲でしたが、今回シュッツのソプラノ2声のコンチェルトの片方をヴァイオリンで、いう方法を初めて試してみました。これはなかなかうまく行ったと思います。器楽の奏者も、言葉のついたフレーズを楽器で奏するという良い訓練にもなります。

 バロック音楽とドイツ・リートは様式が違いますので、一つのプログラムのなかで続けて歌うのはちょっと難しいところもあるのですが、今回は自分へのチャレンジの機会と思い、後半はシューマンの《女の愛と生涯》をメインとしました。

 《女の愛と生涯》の最後の曲はご存知のように夫の死を歌ったものです。私は長いこと漠然と《女の愛と生涯》は未亡人が歌う歌だと思っていました。クララのことが頭にあったのかもしれません。それともう一つ、10年ほど前に、アグネス・ギーベルが日本で何度もこの作品を歌い、その演奏がかなり決定的だったので、自分で歌う、という気持ちが起こらなかったのです。またそれに輪をかけて、歌詞の内容がどうもぴったりこないということも、敬遠し続けた大きな理由です。

 最近になってやっと、どんな内容の歌詞でも、距離をおいて、音楽の律に従った声の色を組み合わせ乍ら客観的に歌う、という道筋に目覚め、この《女の愛と生涯》も歌ってみようかな、という気持ちになりました。同時に未亡人になったら歌う、という考えは非常に奇妙なものであることにも気付きました。私が「お先に失礼」ということになると、以後永遠にこの曲は歌えないのですもの。今年はシューマン生誕200年でもありますので、私は丸山家のホールで思い切ってこの曲を歌ったのでした。

 シャミッソーの《女の愛と生涯》全八曲は、それぞれが一女性の年齢を想定して書かれています。以下私の想像ですが、最初の曲は17.8歳、2番目が19歳、3番目が20歳、婚約指輪の歌が21歳、結婚式とそれに続く子供の生まれる予感の歌が22歳、赤ん坊にお乳をやりながら感極まった喜びを歌う第7曲が23歳、そして、最後の夫の死を歌う歌を何歳と想定するかで、全体の構成感と情緒の流れに大きな変化が起こりますが、詩の内容から推し量ると愛情の絶頂で遭遇した悲劇に思えます。音楽はいきなりd-Mollのコード、歌は「Nun hast du mir den ersten Schmerz getan 今、あなたはわたしに最初の苦しみを・・・」と呟きます。「den ersten Schmerz 最初の苦しみを」というからには、結婚生活の短かったことが想像されます。勿論金婚式を過ぎてから、と考えてもよいのですが、やはり早世の方が衝撃が強いと思いますので、私は勝手に25歳と想定しました。若い未亡人という設定にしますと、全体で7、8年の生涯ですので、最後の歌が老女の繰り言のようにはならず、全体に漂うのは「夢」、半覚半醒の状態で第6曲まで一気に進み、赤ん坊を抱いて歌う第7曲で初めて宣言される「男に子供は産めないだろう」という“女性の勝利”を実感のある声で歌い、そのままの若さで“夫の死”へ進めたら・・・という青写真でしたが・・・? 

 さて6/3(木)にはシューマン生誕200年を記念して、1840年[歌の年]と題した声楽作品のみのプログラムで演奏会を開きます。以下のように、合唱曲・・・和声が繊細極まりなく、その響きの美しさはまさに、新発見、驚き、感謝! でした・・・を挟んでツェーガー・ファンダステーネ氏が《詩人の恋》を歌って下さいます。シューマンの「溢れ出したら止まらない」風の戯れのようなメロディと、言葉ごとに万華鏡さながらに変化する和音の妙をお楽しみ下さい。

  淡野弓子《女の愛と生涯》(ピアノ:武久源造)

  淡野太郎指揮《鍛冶屋》、《流浪の民》ほか重唱、合唱曲(ピアノ:山形明朗)

   合唱:ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京/メンデルスゾーン・コーア/アンサンブル・アクアリウス

  ツェーガー・ファンダステーネ《詩人の恋》(ピアノ:武久源造)

  武蔵野市民文化会館 小ホール 開演午後7時 

 ご参会を心よりお待ち申し上げます。


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