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ムシカWeb通信


■ 2008/08/15 新しい譜面

 8/24 と9/19 のコンサートの準備でおおわらわの日が続いた。この両日はハインリヒ・シュッツの音楽に捧げられている。8/24には<シンフォニエ・サクレ>、9/19には<ダヴィデ詩編>を歌う。

 普段から足の踏み場もない自室が、シュッツの譜面のあれこれでさらに危険な状態となった。譜面だけでなく40年間のもろもろが、頭にも心にもどっと一度に吹き出すような感じで暑苦しい。

 シュッツの譜面といえば、ベーレンライター社刊行「新シュッツ全集」は焦げ茶色の布地が貼られたガッチリした厚紙(27.6×19.5)に、墨字のタイトルが縦6cm、横9.5cmの鮮やかなブルーに染められた四角い枠の中に印字されていて、音符のページはクリーム色だ。この譜面は新しいうちは実に美しいのだが、使っているうちに眼も当てられない姿となる。まず背表紙が取れる。背綴じの糸がゆるみぐさぐさになって表紙が落ちる。めくりすぎたページに穴が空き、音の高さも定かではなくなる。こんな具合に使用に耐えなくなった‘Geistliche Chormusik 1648 宗教合唱曲集’は今三冊目。しかしその版はいわゆるシュッツ・ルネサンス(1940年代末から50〜60年代、第2次世界大戦の敗戦がもたらしたドイツの荒廃をシュッツの音楽で立て直そう、という、今考えると夢のような理想に燃えた音楽家たち、例えば、フリッツ・ヴェルナー、ヴィルヘルム・エーマンといった人々の合唱運動、カール・フェッテルレ、クルト・グーデヴィルらの執筆活動や楽譜出版への意欲を指す。カール・リヒターもミュンヘン・バッハの前はハインリヒ・シュッツ・クライスという名前の合唱団を指揮していた)のころの出版で普通の合唱団が移調せずに歌えるよう曲によっては最初から一音上げられ、#が二つ付いたりしていた。シュッツの時代に二つシャープというのは見るだけで気持ちが悪い、と言う人もいた。この譜面は後にオリジナルの教会調で改訂版が出た。

 譜面の老化が気になれど全集を買い替える余裕はない。「何々の楽譜を見たいのですが」という要請にも、あまりの破損と書き込みで気安く「どうぞ」とは言えない、とそんな矢先、昨年12月に亡くなられた後藤田篤夫さんの奥様せつ子さんから「彼の遺していった譜面、シュッツはやはり淡野さんに差し上げたいのですが」という驚くべきお申し出を戴いた。後藤田さんのところには戦後日本の演奏活動に関わる書類一切が整理され、シュッツ、バッハを始め、あらゆるオラトリオの譜面とともに保存されていた。最後まで現役の合唱メンバーだった後藤田さんは、同じ曲でも指揮者が変わるごとに新しい譜面を用意されたそうだ。その都度注意されることを譜面にメモするので、二回三回とは書き込めないからだとのこと。後藤田さんの所蔵されていたシュッツはこれまでに配本された「新シュッツ全集」30冊、ほとんど新品で美しいことこの上ない。それをなんと全部戴いたのです。

 後藤田さんには本当にお世話になった。その上こんな貴重なお形見を戴いていいのだろうか。ページがパラリと落ちたり、破れかけたページを気にしながらの毎日から解放され、そのあまりの勿体なさに、気がつくと涙。後藤田さん、ありがとうございます! 精一杯良い演奏を致します!  


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