ティムパニ奏者 佐々木達夫さんが音楽監督を務めるマリンバ・アンサンブルのコンサート(トッパンホール)を聴きに行きました。佐々木さんはリオ・デ・ジャネイロで友達になった打楽器奏者で、当時はブラジル交響楽団のティムパニストでした。マリンバも素晴らしく、彼の奏でるバッハのフルート・ソナタ E-Dur(訂正:書いてしまってから「曲名、違うなあ」と思っていたのですが、やはり間違いでした。バッハのヴァイオリンのためのパルティータ III BWV 1006 E-Dur が正しいのです。ごめんなさい。12/11)のマリンバ版は今でもはっきりと覚えています。もしバッハがこの演奏を聴いたとしたら躍り上がって喜んだことでしょう。
打楽器奏者が素晴らしいか平凡かは最初の音で決まります。彼らが徐々に良くなるなどということはほとんど無いといってよい。良い奏者は、それまでその場を支配していたもろもろを彼の最初の一撃で一瞬のうちに凝縮し、次の瞬間には全てを彼のみの世界とします。
舞台には大きなマリンバが七台、”Le Rose"という七名の女性奏者の演奏グループが、バッハ、モーツアルト、グリークらの名作の編曲版とツィマーという人のマリンバのためのオリジナル曲を演奏、この日佐々木さんは指揮者でした。
私は佐々木さんが指揮をするところを見たことがありませんでしたので、それは楽しみに、また緊張して演奏の始まるのを待ちました。佐々木さんは燕尾服を着て指揮棒を持って現れました。細身の軽快な姿は35、6年前とちっとも変わらず、いや今気付いたのですが、35、6年前と同じとは驚くべきことですね。あのリオのホールで感じたピーター・パンのような彼(その時は胸に窓のようなダイヤ形の飾りのついた白いパンタロンスーツを着ていた)がほとんどそのまま──まあ顔つきは以前より一層信頼の置けるプロの表情でしたが──の雰囲気でした。
一曲目はJ.シュトラウスの「こうもり」の序曲、真に優秀なティムパニストの完璧なリズムに裏打ちされた胸のすくような棒さばき、この指揮の見事さは、グリークの<ペール・ギュント組曲>の「オーゼの死」や「ソルベーグの歌」のようなしっとりとした曲でも彼の生まれながらの音楽性と相まって遺憾なく発揮されました。
クラウス・ディーター・ツィマーというスイスの打楽器奏者の作品もとても面白く聴きました。マリンバのためのオリジナル作品も増えており、そのような曲のみで演奏会が持たれることも多くなっているということです。しかし佐々木さんは、古今の名作をマリンバの音で表現してみよう、とこの日のコンサートのプログラムを構成、そしてこのようなことは目的であり挑戦でもある、とプログラムに書いておられました。最後に演奏されたのはなんとモーツアルトのシンフォニー第40番 全楽章でした。
マリンバという楽器の特性や音色の独特の美しさに寄せる深い信頼と新しい未来への求道的な気持ちがなければ、これほどに大きな曲をマリンバのみで演奏してみようというエネルギーは湧いてこなかったと思います。聴いたことのない、新しくも麗しい音が紡ぎ出されて行きました。それは文字通り手織り機から彩なす布地が少しずつ織り出され、光を受けて様々な色に変わっていくのを目の当たりにするような音の光景でした。
佐々木さんの指揮はますます冴え渡り、それはマリンバを知り尽くした人にのみ生み出すことの出来る音色でした。さらに長年シンフォニーオーケストラでの演奏を職業とし、身体のどこを突ついても音楽細胞といった、あらゆる意味で第一級のプロフェッショナルの音楽でした。
アンコールで佐々木さんがマリンバの撥を持って登場、彼のマリンバを本当に、ほんとうに久し振りに聴くことが出来、大満足。”Le Rose" は広沢園子さん、重田克枝さん、笹谷久美子さんをはじめ皆さん非常に熱意のこもった演奏で、これからもマリンバという楽器の魅力をどんどん紹介して下さることと思います。佐々木さんはこれから指揮者としてもさらに良い仕事をして行く事でしょう。
終演後、彼に会い抱き合って喜びました。「佐々木さん、あなたの指揮にびっくり!」「コンサート、是非一緒に!」と言われ「エエッ」とわたし。彼はサンディエゴ・シンフォニー、サンディエゴ・オペラの首席ティムパニスト、アメリカに住む音楽家で、ここ東京で会ったのも30年ぶりのこと、東京で共演、とはこれまで思ってもみませんでした。
佐々木さんのマリンバによる「バッハ」は絶品です。是非皆様にお聴き戴きたいと思います。
昨日、佐々木達夫さんと会いました。実は私の娘が小学校の合唱部に入っており、明日12月22日に「きゅうりあん大ホール」で行われるファミリーコンサートに佐々木先生の指揮で広沢さん達と共演させていただくことになっています。<br><br>こんなに、立派な方達と同じ舞台に立てることを誇りに思います