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ムシカWeb通信


■ 2007/12/14 1991年夏、わたしは・・・

 床に積まれた本と散乱する紙で私の家はいよいよ身動きが取れなくなり、よけ損なって転倒などの危険が出て来たので、太郎の古い本棚の本を処分することになりました。絵本、童話、図鑑などなどですが、いざ捨てようと思うとこれがそう簡単ではありません。作者、翻訳者ご自身が下さった本は絶対にとっておきたい、ポルトガル語の絵本も捨て難い、英語の童話は茜に送ってやりたい、「ツルはなぜ一本足で眠るのか」はわたしが読みたい・・・。なんとかせねばと思っても前へ進みません。と、本の間から一通の航空便が。差し出し人は私、宛名は太郎。ケルンから盛岡市に飛んで行った手紙でした。当時太郎は佐々木正利先生の教えを噛み締める浪人生、わたしはアグネス・ギーベル女史の許で七転八倒の日々を送っていました。1991年夏のことです。この手紙の著作権は私だと思うけれど所有権は太郎なのかしら。親書というものを読むのはなあ、と首をかしげつつも自分が何を書いたのかが知りたくて開ける。太郎の許しも得たので以下にその内容を。          

                                 

 ケルンにて 8月1日 1991年 

 太郎へ

 今日は又久し振りに太郎と電話で話せてうれしく思いました。私は朝から晩まで大体1日18時間 Agnesにしぼられているので、たまに Agnesの孫(1歳半)を連れて外に散歩に出るとほんとうに気が楽になり、自由だ、というよろこびが心にフツフツと沸いてきます。一日中 Agnes は Bach の Kantate を歌うような脳の状態であらゆること、家事一切、猫の世話、植物の世話、縫い物などを次々に1分の休みもなくやるので、それを手伝うということは余程の忍耐が必要です。「お前は忍耐強い」とおどろいていますが、私も自分自身に非常に驚いています。ただただアグネスのテクニックを身につけたいがため ですが、おかげでずい分わかって来ました。立ち方、横隔膜、胸、頭の響き、など。全部大切ですが、そのもと(中心)は声帯です。 本当ののどの声を全身で出すといったらよいだろうか──。(共鳴は声帯が鳴らなければ無意味)9月に来た時に教えます。とにかく、私の知っていることの先の先の先のことを教えられているので毎日驚き放しです。太郎も元気を出して楽しく歌って下さい。秋(9月〜10月)は又又楽しいことが沢山まっているのですから。では又。依田君、細川君、その他の方々によろしく。

 Yumiko                           

                               

 この手紙を書いたことは忘れていましたが、この内容、Agnes と過ごした60日間のことはほとんどすべて覚えています。彼女は、いつなにを言い出すか分からず、何時からレッスンなどといっても守られたためしはなく、鍋を磨き出したら3時間などあっという間、という人なのですが、その手仕事の合間に歌に関する大切な事をフッと言うのです。

 それを聴き逃しては大変なので、私は一日中彼女のあとを付いて回り、命ぜられたことを全てやったのでした。夜中の一時半ごろになると、台所の丸テーブルの前に陣取り縫い物を広げる。眼鏡もかけずに針に糸を通すと、それを振り上げるように縫い物──古着をほどいては縫い直す作業──に入る。彼女の髪の毛はだんだんに逆立ち、その髪の毛の間に針がピカリ、ピカリと光る。じっと見ているだけでこちらも総毛立つ。眼はカッと見開かれ鳥のよう。Agnes が突如歌い出す。高い g 音がAh──と響く。,,Singe!“(歌え)との命令。私もAh──と声を出すが、Agnes は ,,Nein!“ と叫び狂ったように針を天井に向け何度も上に突き刺す動作。わたしのピッチが低いのだ。自分が出来ないのも情けないがそれ以上に、いつその針が90度方向を変え私を襲うのか、と恐怖に身が引きつる。食事中も気をゆるせない。口にものを入れて噛んでいると突然 ,,Singe!“ 食べ物を飲み込もうとすると,,Ne────in,nein,nein,nein! Singe sofort ! 「駄目、駄目、駄目! 飲み込まずにすぐ歌え!」「エエエエッ」「Ah──」 「ア──」,,Verstehst Du? Wenn man im Mund irgendwas hat, kann man singen. Beim Singen darf man den Mund nicht benutzen. Mund singt nicht.“「いいかい、口にものが入っていても歌えるんだよ。歌う時に口を使ってはいけない。口は歌わない。」

 夜も明ける頃になって、わたしはやっと部屋(Agnesの音楽室)に戻り、カレンダーを広げその日に×を付ける。ああやっと今日も終わった。明日は一体どういう事に???                   

                                

 このテーマで書く事を続けるとあらゆる意味で大変なことになるので、今日はここまでとします。家の整理は待った無しの記憶の氾濫、お気を付けあれ。

コメント(2) [コメントを投稿する]
_ 大和美信 2007年12月17日 09:00

メンデルスゾーンコアのsop.です。<br>先生のケルンでの日々を、まるで映像を見ているように感じながら、読ませていただきました。つい最近、ギーベル先生が歌っていらっしゃるバッハのカンタータを見つけて聴いていますが、淡野先生が、60日間くっついて離れず、教えを請いに行かれたのが、分かるような気がします。そして何より、先生とギーベル女史との日々を聞いていて、歌の勉強は、寸暇を惜しまないと、何時までたっても、身に付かないなーと思いました。私は、30分以上時間がとれて、初めて、ピアノの部屋に入り練習を、、、なんてしていて、今から、気持ちを切り替え、そして、12/24に向けて、頑張りたいと思います。これからも、よろしくお願いします。♪(*^_^*)

_ 小西久美子 2007年12月27日 09:59

歌うとき口は 使わない<br>口は 歌わない<br><br>凄い言葉だと思いました。


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