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ムシカWeb通信


■ 2007/07/03 蘆野ゆり子 in Leipzig

 東京に着いて間もなく、カリグラフィーでおなじみの蘆野ゆり子さんよりメールが届き、大変面白く読みました。   Masur 氏 80歳! 人との繋がりの面白さ、複雑さ、不思議さにいまさらのように驚いています。ここに掲載致しますので、皆様もご一緒にお楽しみ下さい。(Y.T.)    

                                

 6月5日、火曜日、浅岡泰子著『ライプチッヒ? ある 市民都市の肖像』を機内で事前学習しながらLeipzig に到着。この本は、昨年12月に立教大学で行われたクルト・マズア氏と星野宏美 講師の対談で、すでに紹介されていたのですが、ようやく入手したのが、旅の前日になってのこと。この本は、著者のカール・マルクス大学留学時代以来のほぼ30年にわたる研究をもとに、ライプチッヒにおける書籍 文化の歴史、ライプチッヒ大学、メンデルスゾーン、シューマン夫妻、バッハ、ライプチッヒのユダヤ人、ライプチッヒ市史などについて、実に興味深くまとめ た力作。掲載されている旧東ドイツ時代の写真は、今では貴重な資料というべきものです。1979年以来、何度も訪れたライプチッヒですが、今回は「バッハ 祭」(Bachfest Leipzig 2007) と「自分の作品の展示会」という二重の目的を背負っての11日間。暑さもあって疲労困憊しましたが、それを上回る発見と感動を新たにできたことは大いなる 成果です。                                   

 ライプチッヒ市の「バッハ祭」は、トーマス教会の バッハ像のまさに目の前 にある「バッハ・アルヒーフ財団」(Bach-Archiv)が主催する形で行われています。今年は6月7日から17日までの11日間、「モンテヴェルディー からバッハ」(Von Monteverdi zu Bach)というテーマ開催されました。オープニングコン サートでは、モンテヴェルディー(1567-1643)の「聖母のための夕べの祈り」(Vespro della Beata Vergine, SV289)が全曲演奏されました。             

 ドイツ各地から集まるドイツ人が多いのは当然です が、それに次ぐのが約400人という日本人。主催の財団、バッハ・アルヒーフの 広報課には、高野さんという日本人スタッフがいらっしゃって、手取り足取りの世話をしてくださるので、日本人も安心して来られるようです。彼の話では、こ の音楽祭にやみつきになり、単独で何度もきて、果敢に演奏会をはしごしている日本人が、すでに30名もいる由。トーマス教会、ニコライ教会、旧市庁 舎など の演奏会場は、中心部に固まっていますから、ゆっくり歩いて演奏会のはしごなんていうことも十分可能な状況なのです。こうした熱心な日本 人に加えて、世界 各地からのバッハファンを合わせ、また音楽祭とはあまり関係のなさそうな多くの一般市民も含めて、ぎらぎら太陽が照りつける街中は、ふだんとは違った、 いっそうの賑わいをみせていました。                   

 期間中、市内中心部の7カ所の教会が「バッハ祭」に 協力して、持ち回りで行う「音楽礼拝」が毎朝九時半に始まり、午後の講演会、演奏会(これらは深夜まで続くこともある)、そしてバッハ縁の地へのバ スツアーなど多彩なプログラムが今年は80用意されていました。ライプチッヒ周辺で活動している若手アンサンブルによる音楽礼拝はソロと合唱を含めた声楽陣の、音のスケール や和声上の音程が正確で美しい。言語を腹式呼吸で発生する日常の習慣、頼り甲斐のある腰の支え。毎朝9時半に礼拝へ出席し、このような合唱演奏をきいて一 日が始まるのはなんとも爽快です。                         

 バッハ祭期間中、トーマス教会で行われる日曜礼拝 は、バッハ当時の形式にならって行われます。音楽はブクステフーデ(1637-1707)のハ長調の「プレリュードとフーガとシャコンヌ」 (BuxWV137)という曲ではじまりましたが、バッハ当時の形式の 礼拝がブクステフーデではじまるというのは、まことに象徴的で、バッハはなにも希有の天才としてとつぜん歴史に登場したのではなく、バッハを生むにいたる 長く深い伝統が延々と続いてきたことを改めて深く認識いたしました。

 今年のバッハ祭でのハイライトの一つ、Konard Junghaenel 率いる Cantus Coellnというソロアンサンブルによる Buxthehude の Membra Jesu Nostri は見事な演奏でした。このアンサンブルは昨年秋、アワーバッハで開催さ れたローゼンミュラー音楽祭でも演奏したのですが、その時はバスソリスト、Matthias Friedrich氏 が展示作品の前で一つ一つ歌いながら見てまわってくださいました。来春には彼の音楽とのカリグラフィー展示が実現しそうです。                  

 私はこの期間、シラー通りにある楽譜店エルスナー(Oelsner)の店舗2階をお借りして、カリグラフィー(マタ イ、マルコ、ヨハネ各受難曲、バッハのカンタータ、シュッツのモテットなどのテキストを描いた作品)の展示会を催してきました。旧東ドイツ時代に私 の東京の家にもお出でに なったことのあるゲバントハウス・オーケストラ団員(ユビキタス・バッハでビオラを弾いているDavid Schicketanzのお父様)の、熱心かつ親切な後押しのおかげで、この市内有数の 老舗楽譜店(1860年創立)を紹介されたのですが、これで三回目の開催 となりました。残念ながらトーマス教会やニコライ教会のある中心街からわずかながら離れ、ちょうど背をむける方向に入口があるためか、市中の賑わいとは裏腹に、展示会の情報を得て、訪れてくれる人は僅少でした。シュッツ合唱団の旧友、山下氏の助けを得てチラシを市内で配布したのですが・・・                           

 それでも、開催初日には、楽譜店の店長の長く幅広い 人間関係のおかげで、用意した席は招待客を中心に、とりあえず埋めつくすことができました。中にはハレからお越しいただいたヘンデルハウスの館長や、Bach-Archivの会長でもあるライプチッヒ大学神学部のペッツォル ト教授など、音楽界の名士方々の列席を得ることができ、また開催記念講演をしていただけたことは、今後の自分の創作意欲を支える上で大きな力をいただきました。店長が声をかけてくださった、地元音楽学校生二人が、ピアノとフルートの演奏をして、展示会の開始に花を添えてくれました。昨年3月に Dresden の聖母教会合唱団員として来日したアルトのTabea Lempeさんとも再会。彼女は Thomaner予備軍の子供たちの音楽指導者とし てドレスデンからライプチッヒへ通っているそうで、週末にはドレスデン周辺でバッハカンタータのソリストとして活躍していらっしゃるとのこと。                       

 バッハ祭の期間中、街中で「棒にあたる」ほど目につ いたのが2つのポスターでした。ひとつは、とうぜんのことなが ら、バッハの肖像入りのバッハ祭ポスター。そしてもうひとつは、ゲバントハウスの音楽総監督であったライプチヒ市の名士クルト・マズアをたたえるガラコン サートの大型ポスター。大指揮者であり、1989年、ニコラ イ教会牧師とともに「非暴力へのアピール」を呼びかけた(ライプチッヒの奇跡)マズアは今年80歳を迎えますが、「指揮者には定年がない」と夫人は 嘆いていらっしゃいます。パリ、ロンドンを拠点にいまだ世界各地を飛び回っているそうです。腎臓移植をうけた身体をゆっくり休められるのは「病院にいる時だけ」とか。7月18日の誕生日コンサートはロンドンで開催されるそうです。マズア氏80歳誕生日プレゼントとして、わがカリグラフィー作品『マタイ受難 曲』は、夫人に引き取られていきました。                               

 旧東ドイツ時代の1979年、石炭の匂いと大気汚染 で曇っていた頃、ベルリンから列車で初めて訪れたライプチッヒ。中央駅はヨーロッパで一番美しいショッピング・アーケードに生まれ変わり、市内では 2009年完成を目指して、空港、中央駅などを結ぶ地下トンネル工事、新しい大学校舎の建設工事、市電の線路の取り替え工事などで、彼方此方がたいへ んな混雑。また市内広域にわたって旧体制以来の老朽化した建物のリニューアル工事も処々に見受けられます。突然市電がふだんと違う迂回コースで走り出したりして、私のような外来者を一瞬、うろたえさせるようなことも起こりました。                       

 日中の日差しは強く、夜9頃までは、まあまあ明るいので、昼日中から夜おそく まで、観光客は多くはパラソルの下で涼みながら、地ビール、ワインなどを飲んで歓談に花を咲かせている姿が印象的でした。最近は北海道のホワイトアスパラ が生協でも販売されるようになりましたが、ドイツでは4月から6月22日まで、街中にたくさん出回っています。またドイツ 産のイチゴの季節でもあり、ビタミン補給は十分でした。物価上昇はここでも例外ではなく、市電のチケットは昨年12月より値上がりしていました。                      

 15日夜、マズアのガラコンサート前日に(ソロバイ オリン:アンネゾフィー・ムッター)練習をきかせていただき、16日に展示を片付けミュンヘンへ。17日、日曜日はKoepp夫妻の教会へ一緒に連れて 行っていただきました。礼拝音楽はチター2台による演奏でした。バイエルン地方ではチターが良く演奏されるそうです。   蘆野ゆり子


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