トップ «ミネアポリスから戻りました。続いて瀬尾文子「演奏旅行記」.. 最新 瀬尾文子 ドイツ・エルツ地方演奏旅行記»

ムシカWeb通信


■ 2007/04/07 <ヨハネ>が終わり淡野太郎ライプツィヒへ

 三月十一日<受難楽の夕べ2007>、バッハ「ヨハネ受難曲」が無事終了しました。指揮者が暗譜という演奏会は全員の集中度がいやが上にもアップするものですね。太郎は三歳ごろに初めてこの曲のオーケストラの練習を聴き、最初はファゴットを吹く蘆野さんの隣で蘆野さんのひざに片手を乗せて通奏低音のパートに聴き入っていました。4歳ぐらいになると自分の背の高さと同じくらいの長さの筒状に巻いた紙のまん中を紐でゆわえて首に掛け、ファゴットだと思い込んで、音は自分でフンフン、フンフンと歌い乍ら間もなく全曲の通奏低音を覚えました。一年後に行われた「ヨハネ」公演のカセットテープにスコア、そして紙筒のファゴットを離さず、一日中ヨハネを聴いては紙のファゴットと共に歌っていました。その後どのパートも分かるようになったらしく、5、6歳になると、スコアを広げ指揮の真似を始め、小学校に入ると友だちを呼んできては「ヨハネごっこ」なる遊びに熱中、オーボエの1、と決められた子はその節を歌わなければならないので、分からなくなると「僕帰る」といって次々にいなくなり、最後は太郎一人になるという、まあ指揮者の孤独も早くから味わっていたようです。

 というわけで当日は脳に焼き付いたまま躍り出ることのなかった原体験が恩師、先輩、同士、友人、後輩などなどのお力を得て奔出、せいせいしたことと思います。ご出演の皆様、ご来場の皆様、そして古くからまた遠くから応援して下さった皆々様、本当に有り難うございました。彼はその直後、ライプツィヒでお世話になった元ゲヴァントハウス室内合唱団の指揮者モルテン・シュルト・イエンセン氏からの連絡で、彼のコンサートで歌うべくあっという間に東京を発って行きました。以下ベルリンの瀬尾文子さん、そして淡野太郎の便りです。

ベルリンより 瀬尾文子

 サマータイムに戻った一昨日(3/25)、「EU50歳」のお祭り騒ぎのなか、カイザー・ヴィルヘルム記念教会で行われた、メンデルスゾーン・カンマーコーアのコンサートを聴きに行ってきました。前日の晩おそくに部屋の電話が鳴って、どこかで聞いた声だと思ったら、太郎さんでした。「明日ベルリンで歌うんだけど」という内容で、もちろん「行く行く」と返事したわけです。

 内容は「Alles Bach」というプログラムで、モテットばかり5曲でした。

 Komm, Jesu komm

 Fuerchte dich nicht, ich bin bei dir

 Jesu, meine Freude

 Der Geist hilft unser Schwachheit auf

 Lobet den Herrn, alle Heiden

 冒頭に、指揮者Morten Schuldt-Jensenがプログラムについて少し話をしました。特に、5曲の中でも最大の「Jesu, meine Freude」について。コラールとローマ書のテクストが入れ替わりに、11節歌われる中で、「alte Drachen」=「罪」「死」「弱さ」といったものとの闘いのドラマが、いかに進行していくか、という話です。そして、このモテットはプログラムの真ん中に位置し、5つのモテットは、イエスへの呼びかけに始まり、賛美で終わるという、縦の進行も持っている。ドラマの筋がこのように、縦と横に十字に交わるようになっている、という説明でした。

 演奏は、すばらしかったです。合唱は、プロではないそうなのですが、とてもきれいなハーモニーで、なにより、言葉のアクセントがきいていました。全体として、バッハのモテットが、こんなにドラマチックな音楽だったとは、という思いです。指揮者の熱意もびんびん伝わってきました。ときどき、つつっと譜面台を離れて、歌い手をあおるかのように合唱団に歩み寄っていました。

 終了後に、太郎さんと立ち話で、こちらの演奏旅行のことを話したら、ちょうどそのころ、さやかさんのご両親がライプツィヒに遊びにいらっしゃるので、エルツ地方にお連れする予定とのことでした。もしうまく予定があえば、われわれエピファニエン・カントライのコンサートを聞きに来れるかもしれないとのことで、そうなったらうれしいです。

 ところで、前回書き忘れてしまったのですが、3月10日に、ベルリン大聖堂で、バッハと同い年生まれの、Georg Gebel (1685-1753)という作曲家の《ヨハネ受難曲(受難オラトリオ Komm mit Jesu Seel und Sinn!)》(1784)を聴きました。あんまり期待しないで聴きにいったのですが、意外に良い作品でした。冒頭の合唱曲や、いくつかのアリアに、心打つものがありました。バッハと比較はできませんが。行く前に事典をちょっと調べてみたら、どうやら印刷されていない作品のようだったので、いったい指揮者はどうやって楽譜を手に入れたのかと思い、終わったあと、合唱で歌っていた人に声をかけて、見せてもらいました。

 楽譜はコピーでした。Friedrich Hofmeister Musikverlag, Leipzig という出版社が、 今回特別にコピーを貸してくれて、演奏会が終わったら返さなくてはならないんだと言っていました。Friedrichskirche Berlin-Niederschoenhausenというところの合唱団でしたが、そこの指揮者は、いつも珍しい作品に興味津々なんだそうです。

ライプツィヒより 淡野太郎

 おかげさまでGewandhausChorのコンサートは成功。オールバッハプログラムで、モテットばかり(Singet以外の5曲でした)オルガンとヴィオローネによる通奏低音でやりました。これとは別にMendelssohn-Kammerchor名義で24日にはKirchhainという町で、25日にはベルリンのKaiser-Wilhelms-Gedaechtniskircheにて同じプログラムでやりました。

 せっかくのベルリンだったので、前日に瀬尾さんに連絡してみたところ聴きに来てくれて、「久々にコンサートで感動しました。太郎さんがこの指揮者のためにわざわざドイツまで来たのがわかる気がする」とのうれしい感想。スケジュール的にはカツカツだったけど、本当に来てよかった。でも欲を言えばこれをGewandhausKammerchorのメンバーでやりたかった。GewandhausChorもいい合唱団だけど、やはりレベルの差はあります。

 Morten Schuldt-Jensenは今後Freiburg音大で合唱とオケの指揮法を教えるそうです。あれほどの人物だから、学校で教えるだけでなく、プロ相手の指揮者としてのStelleがあればいいのに。

とりあえず報告まで。ではまた。


編集